問題の解答
1章 分子から生命へ
問題1:原子はなぜ電子の数によって異なる性質を持つのか?
問題2:生体物質は何が無機的(生命がないときから自然界に存在した分子、または人工的に作られたもので、生体が作り出しはしない分子)な分子と異なるのか。
問題1の解答:原子周囲に存在する電子は波としての性質を持つため、波動関数に従って軌道を作り存在している。量子的効果と波としての性質から、電子の軌
道は電子の数に対して周期的に安定な構造をとる。例えば波が正四面体の頂点の方向に振動する場合、スピンの異なるペアを含めると8個の電子で安定構造を作
る。安定構造を作った軌道は外部との作用が小さくなるので、原子の性質は最外殻の電子の数で決まる。例えば周期律表の第2、第3周期の原子の性質は、この
例のように電子の数が8を周期として繰り返す。これは1から8個の電子を持つ原子が、それぞれ作る軌道の形と、他の原子と相互作用したときの安定構造が電
子の数で決まるためである。
問題2の解答:生体高分子は有機分子が重合して作られた巨大分子で、タンパク質、核酸(DNA,RNA)、糖鎖、また広い意味では脂質を指す。生体高分子
と人工的な有機高分子の違いは、構造が完全に制御されているかいないかの違いである。タンパク質と核酸は核酸の塩基配列に従って構造を完全にコントロール
されて作られる。人工高分子の構造はモノマーが偶然によって結合して作られてもので、結合数や分岐構造は制御できない。有機分子でも低分子になると、生体
分子と人工的分子の違いは明確ではなくなる。多くの有機分子は生体もつくるし、人工的にも合成できる。従来生体にしか合成できなかった分子(テトロドトキ
シン、シガトキシンなどが有名)は生体分子と言えたが、現在ではほとんどの有機分子は合成可能といって良いので、低分子については生体物質と無機的な分子
を区別することはできない。しかし、生体が作る複雑な有機分子、CNOHを基本骨格とする一般的な有機分子、骨格がそれ以外の無機分子、の様な区別ができ
る。
2章 エネルギー代謝
問題1:なぜ生命はエネルギーではなく低エントロピーを消費すると考えるのか。
問題2:細胞内における呼吸とはどのような現象を意味するか。また、グルコースを使った呼吸のメカニズムは2段階からなるが、その各段階を簡単に説明せよ。
問題1の解答:エネルギーは形は変わっても、その総量は保存される(熱力学の第一法則)ことから、エネルギーを消費することはあり得ない。一般にエネル
ギー消費というのは、エネルギーの形態を変えることを指す。つまり、正確には特定の形のエネルギーを消費し、他の形のエネルギーを生み出すことを指す。さ
らに生命では、特定の形のエネルギー量は基本的に変わらない。なぜなら、細胞内のエネルギー量が大きく変わってしまえば、細胞はその構造を維持できなくな
るからである。例えば熱エネルギーが増えれば沸騰してしまうし、化学エネルギーが増えれば栄養素の物質が極端に蓄積される。動的平衡状態にある細胞におい
て、エネルギーの総量はほとんど変化しない。それでは生命はどこからその駆動力を得ていることになるのか?
実際に物理現象を駆動するのは、多くの場合エントロピーの増大である。物理現象は整理された状態から乱雑な状態に変化し、逆のことは起こりえない(熱力
学の第2法則)。このため、何らかの現象を引き起こしたければ、低いエントロピー状態を用意し、目的状態がそこからエントロピーを高める方向になるように
すれば良い。この変化において、エネルギー量は変化しないが、エネルギーが持つエントロピーの量が増大する。生命は低いエントロピーのエネルギーを取り込
み、それを高エントロピーのエネルギーに変換することで細胞の活動を維持している。このことから、生命はエネルギーを消費せず、低エントロピーを消費する
と考えることができる。
問題2の解答:呼吸は基本的に酸化作用によるエネルギーの取り出し(正確には低エントロピーエネルギーの取り出し)である。グルコースは細胞内で最終的に
酸素を使って酸化され、水と二酸化炭素に分解される。この過程でエネルギーが取り出され、ATPが合成される。酸素呼吸におけるグルコース分解の第一段階
は細胞質中の解糖系で起こり、グルコースから2分子のピルビン酸が生成され、その間にATP2分子が合成される。ピルビン酸はミトコンドリア内に輸送さ
れ、第二段階のエネルギーの取り出しが起きる。ミトコンドリアではTCAサイクルに入って二酸化炭素に分解される。この時、水素と共に補酵素に電子が渡さ
れ、この電子が電子伝達系を通る間に水素イオンを輸送することで、ミトコンドリア内膜内外の水素イオン濃度差としてエネルギーを蓄える。この間に酸素の酸
化力を使って電子が吸収され、水が生成される。
3章 DNAと遺伝子
問題1:遺伝子は何を伝えるのだろうか?
問題2:人はゲノムをいくつもっているのか
問題3:複製ミスが多すぎると何が困るか。また複製ミスが少なすぎると何が困るか。
問題1の解答:遺伝子が伝える生物の性質を”形質(phenotype)”と呼ぶ。よって、遺伝子が伝えるのは形質である。と言う答えは、用語としてはそ
れで間違いないが、説明としては意味がない。遺伝子が伝える情報は、基本的にはタンパク質の構造情報である。一遺伝子が、1つ、または複数のタンパク質の
一次構造情報を担っている。よって、遺伝子が伝えるのはタンパク質の設計図である。さらにDNA配列の一部には遺伝子の発現制御や、タンパク質のプロセッ
シング、輸送のための情報が含まれている。
問題2の解答:ヒトの細胞は、一般に2組のゲノムを持っている。しかし、細胞分裂の直前にはそれが2倍になった、4組のゲノムを持つ場合がある。また、精
子、卵子などの生殖細胞は減数分裂により、ひと組のゲノムだけを持っている。
問題3の解答:複製ミスが多いと、致死的な変異で死滅する個体数が多くなってしまう。人間で言えば、ガンの発生が増える等の問題が生じる。複製ミスが少な
いと、遺伝子構造が固定されるため、環境への適応が遅くなる。バクテリアやウィルスは短時間で変異を繰り返すことで薬剤耐性を得たり免疫機構を回避してい
るが、これができなくなる。また、多細胞生物では生物多様性が減少し、急激な環境変動などに対応できなくなる
4章 タンパク質合成
問題1:転写の逆反応は、レトロウィルスが起こすことができる。しかし、通常の細胞では起きない。それはなぜ?
問題2:翻訳の逆反応はどんな生物でも起こせない。それはなぜ?
問題1の解答:通常の細胞は、RNAの塩基配列からDNAを合成するリバーストランスクリプターゼを持っていないから、RNAの情報をDNAに戻すことはできない。
問題2の解答:アミノ酸の種類は基本的に20種類(一部異なる種類のアミノ酸を用いる生物種もいる。)であるのに対して、アミノ酸に対応するDNA上の塩
基配列は3塩基から成り、64種類の情報をもっている。このため、塩基配列からアミノ酸への対応は多対一対応で成立するが、アミノ酸から塩基配列への対応
は一対多対応で、数学的にあり得ない。このため、タンパク質の情報をDNAやRNAの塩基配列に変換することは不可能である。
5章 細胞の構造
問題1:細胞の大きさを制限する要因としてどのようなものが考えられるか。
問題2:細胞膜が流動性を持たない有機ポリマー(ポリエチレンなど)のような膜であったら、どのような不都合があるか。
問題1の解答:細胞が大きくなると物質の拡散に時間がかかるようになる。化学反応速度と物質供給のバランスから拡散時間により大きさに制限が生じる。ま
た、体積が大きくなれば分裂までに必要とされる物質の蓄積量も多くなり、分裂までの時間が長くなる。大腸菌の分裂周期が30分とすると、10倍の大きさの
細胞では分裂までに1000倍の時間(20日)がかかることになる。実際の真核細胞は原核細胞と異なる細胞内機構をもち、速くて24時間程度で分裂を繰り
返す。(卵細胞の卵割は物質の蓄積を必要としないので、はるかに早い時間で分裂をくりかえす。)
問題2の解答:細胞膜が流動性を持たない固体の場合、一度穴が空いたら自動的には修復されない。疎水性相互作用によって凝集した細胞膜は小さな穴が空い
ても自動的に修復される。その構造によって選択的な半透膜としての特性を持つ。(特に疎水性物質が透過しやすい)流動可能な細胞膜に膜タンパク質が埋め込
まれ、様々な機能を与える。(イオンの能動輸送、成長因子などシグナル伝達、膜電位応答、機械受容体、光合成、呼吸、ATP合成など)
6章 細胞分裂
問題1:なぜ細胞は無限に増え続けないのだろう。
問題2:なぜ真核生物は有糸分裂という複雑な細胞分裂の仕方をするの
だろう。
問題1の解答:解答は2つある。ひとつは停止メカニズムの問題に対し
て、細胞周期を止めるスイッチがあるから、という答え。細胞周期の制御にはタンパク質や遺伝子発現が複数関わっている。
もうひとつは、細胞が無限に増え続ける生物の問題点として、多細胞生
物では体の組織を無限に大きくできないから、という答え。
単細胞で生きるバクテリアであれば、栄養素がある限りいくら増えても
問題は起きないが、多細胞生物には構造があり、それが大きくなると様々な障害を生む。仮に伸長10mの人間がいたらどうなるかを考えてみてもらいたい。お
そらくその人は立つこともできないだろう。
問題2の解答:原核細胞では、細胞分裂は比較的簡単に行われる。環状
のDNAが2本に増幅されると、それぞれを含む領域が区切られ、2つの細胞に分かれる。
しかし、真核細胞のDNAは直鎖状で、さらに複数本が一般に二組存在
している。これらのDNAを2倍に増幅し、完全に同じもの同士を2つに分かれる細胞のそれぞれの領域に振り分けなければならない。それができないと、娘細
胞は母細胞とは異なる形質を持つことに成り、生命としての存続が不可能になってしまう。仮にDNA増幅の後、バラバラになったDNAを振り分ける作業は非
常に困難である事が推測される。そこで、DNAの増幅時に配分の手がかり(動原体)をつけ、両側に引っ張ることで、すべてのDNAのペアをちょうど半分に
分けている。
7章 免疫
問題1:先天性免疫と獲得免疫の違いは何か。
問題2:獲得免疫はなぜあらゆる病気に対して免疫能力を発揮することができるのか?
問題1の解答:先天性免疫は生物が元々、ある範囲の外敵に対して持っている防御機構で、対象が限定される。獲得免疫は、外敵に攻撃されることによって免疫機能が発生、または強化される免疫で、ほとんどあらゆる外敵に対応することができる。
問題2の解答:獲得免疫はB細胞によって産生される抗体がスイッチとなって活性化される。抗体の遺伝子はB細胞のレベルで、組み替えを変異によっ
て変化する。つまり、一つ一つのB細胞は全てが異なる抗体を作り出すと考えて良い。それぞれのB細胞とその産生抗原が結合する相手を抗原と呼ぶ。抗体と抗
原の組には膨大な種類があり、ほとんどあらゆる生体物質を認識できるので、獲得免疫はあらゆる病気に対応して免疫機能を発揮することができる。
8章 器官
問題1:クラゲやプラナリアは体の一部から全体の構造を再生できるが、人間は肉体の一部から体を再生することはできない。このような違いがあるのはどのよ
うな理由か推測しろ。
問題2:消化器官、呼吸器官などは、多くの動物で共通した構造が見られる。なぜ動物の多くがこのように似た内臓器官を持っている野だろうか。
問題1の解答:動物が体の構造を形成するためにはそれぞれの組織に分化できる幹細胞が必要となる。各組織の体細胞は一般に多能性を失っていて、そ
の組織意外にはなれないからである。比較的単純な生物では体の細胞自体が多能性を有した幹細胞であったり、皮膚などの組織内に幹細胞があって、それが欠落
した組織に分化して体を再生することができる。人の場合は幹細胞がないから組織を再生できないという推測が可能である。厳密には人の皮膚にも分化可能な細
胞が存在し、皮膚の傷を修復することはできるので、幹細胞がないわけではない。脂肪組織内の幹細胞を集めて組織再生を行う研究もある。しかし、皮膚の幹細
胞は分可能が限られていていて、全ての組織に分化することはできず、手のような複雑な構造は再生できない。
一般に複雑な構造を持つ生物は再生することができない。これは構造形成段階の複雑な過程を再現することが難しいことが1つの理由と考えられる。幹細胞が
あっても、組織を構成できるよう正確に誘導することが難しいのである。また、神経や心臓のように、分化・増殖を行わないことで機能が維持できる組織もあ
る。
問題2の解答:違う種の間でも、似たような内臓器官があるのは、1つは進化の過程でそのような特徴を受け継いだからである。人の神経組織は魚の神
経組織から進化したものである。消化器官も同様で、胃や腸は同じ由来の器官と考えることができる。また、魚の鰭、人の手足、鳥の羽などは同じ骨格から成り
立っている。このように進化的に同じ由来を持つ器官のことを相同器官と呼ぶ。一方で、進化的には全く異なる由来でありながら、ほとんど同じような機能を果
たす器官もある。人の目とタコの目では、網膜の裏表は反対になっている。これはそれぞれの目が別々に進化してきたものだからである.にもかかわらず、目の
構造と機能は非常によく似ている。このような器官を相似器官と呼ぶ。
9章 神経
問題1:神経シグナルは電線を伝わる電気信号とは異なり、光に近い速さでは伝達されない。それはなぜか。
問題2:不随意神経はどのような働きをしているのか。また、人間の意志で制御されないのはなぜか。
問題1の解答:電線を伝わる電気信号は、電界の変化が信号の役割を果たしている。これは光と同じ電磁界の変化なので、ほぼ光速で伝達される。一方、神経の
シグナルは細胞膜に発生した電位の変化をタンパク質が受容し、次に隣の部位の膜でイオン透過を引き起こすことで電位変化が伝搬される。これは電位変化をス
イッチとしたタンパク質の構造変化による生物学的応答なので、電界変化という物理現象の伝搬に比べて速度は遅い。遅い場合は秒速10cm程度から、速くて
も秒速100m程度になる。
問題2の解答:不随意神経は心臓の鼓動、血管の篩管、呼吸、発熱、瞳孔の散大、消化液の分泌、消化器の機能促進など、身体が必要とする生理現象の調整やホ
メオスタシスの維持を制御している。交感神経は非常時に対応して体を興奮させる方向、副交感神経は安静のために体をリラックスさせる方向に働く。呼吸だけ
は例外的に意志による制御も部分的に可能だが、その他の機能は基本的に生きるために必須の応答であり、意志によって任意に制御されるべきではない。例えば
心臓の鼓動を意志的に止めることができると、意識を失った後に再度鼓動を始めさせることができず、非常に危険なことになる。また、体温をいちいち意志的に
決めないといけないとしたら、人間の意志は常に体温に気を配り続ける必要があり、他の判断ができなくなる。