16. 試験講評

2014年 試験の解答例と解説

問1 遺伝子に関わる以下の問に答えよ。

(1)核酸分子のDNAとRNAは、構成する化学種(塩基、リボース) の構造は非常に類似しているが、細胞内における分解の速さには大きな違いがある。その理由を、それぞれの分子の細胞内での役割から説明せよ。

DNA遺伝子の保持が 主な役割で、相補的配列を用意して二重螺旋構造をとり、物理的・化学的に安定化し、 さらに細胞内の生化学系もDNAの構造を保持しやすいように進化した.このため、DNAは細胞内できわめて安定である。一方で、RNAは遺伝子情報から細胞内の機能を実現するする役割があり、その量によって酵素機能の強さや、タンパク質の発現量を制御している。このため、量を調整しやすい ように進化的にRNA分解酵素が発達し、短時間で分解される。

DNAの塩基配列は生物の遺伝情報で、間違いがあれば死に直結する場 合もある。そのためDNAには塩基配列が変化しないように様々な特徴がある。二重螺旋構造は膨大な数の水素結合で結びつけられ、さらに塩基の各段は分子間 力でパッキングされて密着している。また、一本鎖は1カ所切れればはなればなれになるが、二本鎖は1カ所切れても離れないので修復できる。このためDNA 分子は丈夫でリジッドな構造である。
一方、RNAは一本鎖で1カ所が切れれば鎖は離ればなれになってしま う。また、部分的に二本鎖構造をとるが、一本鎖部分を攻撃されれば容易に分解されてしまう。機能から考えると、RNAの細胞内の濃度によってタンパク質の 合成量を調整しているため、常にRNAの量を調整しなければならない。すなわち、RNAは合成と分解の動的平衡状態にある。合成はDNA上のRNA合成酵 素に対する制御で行われるが、分解はRAN分解酵素によって制御される。このため、細胞内には普遍的にRNA分解酵素が存在し、常にRNAを分解し続けて いる。このため、RNAは短寿命にならざるを得ない。

(2)進化論においては、生物の遺伝子的変異は偶然にしか起こらず、生 物種が積極的に方向を定めて進化することはないと考えられている。その根拠をセントラル・ドグマから説明せよ。

セントラル・ドグマによると、細胞の遺伝情報DNAの塩基配列から必要な部分がmRNAの塩基配列に転写され、mRNAの塩基配列情報がアミノ酸配列に翻 訳されることでタンパク質が合成される。この時、DNAからmRNAには1対1の対応で転写されるが、mRNAからタンパク質のアミノ酸配列への翻訳は1対多対応で、逆変換はありえない。このため、生物がタンパク質の構造から遺伝子を書き換える ことはできず、方向性を持った進化を積極的に行う事はできない。

形質を遺伝子情報にフィードバックするメカニズムは様々な仮説が考え 得る。生物現象には例外も多く、全てがそれで説明できないと同様に、それがないことを証明することも難しい。しかし、RNAの塩基配列からペプチド鎖のア ミノ酸配列への情報の流れは数学的に逆転が不可能なので、絶対に起こりえないことが証明可能である。これが生命がどのようなメカニズムを用いても自ら遺伝 子構造を変える=進化することが不可能な理由である。これが故に、ダーウィンの進化論は誰も覆すことができない、数少ない生物学上の真理なのである。

問2 砂漠化を進行させる人間の活動を2つ挙げ、それぞれなぜ砂漠化に つながるかを説明せよ。

1. 過度の灌漑:農作のために水を灌漑すると蒸発分が増え、水源が涸れてしまう。また、地下への水のしみこみがないと蒸発と共に塩分が上昇してきて、土壌は塩だらけになり、植物は育たなくなる。結果的に沙漠地域が広がる。

2. 過放牧:狭い地域で過剰な数の動物を放牧することで植物が根こそぎ食べられ てしまう。植物がなくなることで水分の保持ができなくなり、また土壌中の有機物も減少する。長期には表土の流出が おこり、沙漠となる。

3. 過剰な農業生産:土地が年間に生産可能な量以上の有機物を作物として取り去 ると、次第に土壌中の有機成分が減少し、植物が育たなくなる。特にリン、窒素、カリウムは炭素、酸素、水素のように自然に供給されることはないので、肥料として 供給しない限りは土地は生産性がなくなり、不毛の地になる。

土壌は単なる鉱物の集合体ではない。そこに植物が育つためには、リ ン、窒素化合物、カリウムや有機分子が存在し、更に植物の死骸、バクテリア、単細胞生物、菌類、環形動物、昆虫、その他の様々な生命があって初めて正常に 機能する。リンの取り込み1つとっても、菌類の共生がなければ効率よく進まない。土壌はそれぞれの地域毎に、生きた生態系を形成している。しかし、そこに 極端な変化(例えば、窒素やリンを取り去ったり、水分をきわめてわずかしか供給しなかったり、殺虫剤で生物群を死滅させたり、といったこと)を与えれば生態 系は崩壊する。崩壊した生態系では生物が作り出す粘着性の糖類がないため水分や有機分子が保持できないで流され、鉱物の砂粒だけがとり残される。これが砂 漠化の実体である。

森林伐採を例に挙げた解答が多数あった。これは降水量 の少ない地域では間違いではない。ようやく育った木を切り倒してしまうと、土壌の保水能力が下がり、また有機物の保持能力が下がって水・風で表土が流さ れ、表面反射率の違いで気温が上がり、地下水の吸い上げがなくなることで地表からの蒸発が増え塩分の集積が起きる。また木材を運び出して土地をそのままに すると栄養分も減少していくことになる。これらの理由で砂漠化につながる。よって、説明が十分できていれば正解である。しかし、熱帯や温帯の降水量の多い 地域、亜寒帯以北では砂漠化にはつながらない。また、焼き畑農業を指摘した解答もあったが、もともと焼き畑農業は10年以上の間隔をおいて土地を巡回する 方法をとるものであり、その間に畑に使った土地は森林に回復する。逆に焼き畑や山火事で定期的に森林が焼けることで、栄養分が土壌に供給され、木の年齢が 若返り、生産性が高くなる。以上のことから、焼き畑が砂漠化の原因となることは基本的にない。過剰な農作の手段として焼き畑を使った場合に、地域によって 砂漠化が起きることがあるだけである。

なお、二酸化炭素濃度の上昇に伴う温暖化はもともと降水量の少ない地 域で降水量を更に減少させることもあり得るが、逆に地域によっては寒冷化したり、降水量が大幅に増加する場合(日本)もある。このため、一般的に砂漠化の 原因と考えるには無理がある。


勉 強のやり方について。

ここからは 忠言なので、必要なひとだけ読んでください。

今回の試験では、ほぼ満点に近い答え(満点もいました)と、いろいろ書いてあっても全く得点につながらない答え、の両方がありました。
いろいろ書いてあるにも関わらず得点につながらない理由は、論理性がないからです。

例えば問1では、DNA, RNA、タンパク質がゴチャゴチャになってしまっている解答がありました。これらの物質は生体を構成する基本分子なので、それ が何であるかを 知らないとしたら、生物学を勉強したとは言えません。鈴木は今回の試験で「詳細な記憶は必要としない」と言いましたが、それはアミノ酸の名前を全部覚えた り、酵素の種類を一つ一つ 覚えたりする必要はないと言うことで、生物学の根幹となる物質がどのようなものであるかを知らないのでは、さすがに正しい解答は無理です。

また、砂漠化の原因については、地球温暖化を挙げた答案が多くありました。しかし、温暖化が砂漠化を進めるという明確な証拠はありません。逆に砂漠化とは 逆の寒冷化を起こしたり大雨を降らせた事実もあります。このことは講義中にも説明したし、鈴木がネット配付した資料にも書かれています。にもかかわらず、 多くの人が理解していなかったわけです。
ここで疑問が生じます。

な ぜ、多くの人が講義中に述べられたことを理解していないのだろう?

こ の理由を知ることは単なる試験の反省と言うだけではなく、今後の大学での勉強の仕方、そしてその後の社会での仕事の仕方、を考える際に、重要な鍵になると 思います。


私の考えですが、多くの人が「壊れた録音機」に なってしまっているように見えます。
なぜ人間が壊れた録音機になるのでしょう?
考えてみましょう。

講義を受ける際に、
・単に聞いた言葉をそのまま覚えようとしたらどうなるだろうか?
・講義の速度で聞いた話をそのまま全て覚えられるひとはいない。つまり必ず欠落が起きる
・次に講義の内容を思い出そうとしたらどうだろう?覚えたことも一部は忘れるか、勘違いす る。
・録音機なら正確に同じ言葉を記録できる。だから、正確に覚えることができないなら「壊れた録音機」と同じ
と言うことになる。
つまり、ひとが単純に言葉尻だけを記憶・コピーしようとすれば、それは壊れた録音機ていどのことしかできないと言うことです。

では、「壊れた蓄音機」ではなく「人間」ならどうすれば良いのか?
考えながら講義を聴く
・自分の理屈に合わないところに疑問を持つ。
・そこでどこがおかしいか確かめるため、質問する、または調べる
・その結果、修正された正しい理論を知識として得る。

その知識も、忘れてしまえば同じことと思うかもしれない。
しかし、人間の記憶のうち、単純記憶は簡単に忘れられるが、意味記憶(なぜそうなるのか、等)は非常に忘れにくい。
例えば、243という数字を一週間後に思い出せと言われたら難しいが、3の5乗を一週間後に思い出すことは遙かにたやすい。なので理解を伴う記憶は身につ きやすい。

基礎生物学の講義は決して簡単ではなかったはずです。だとすると、もし自分で講義中に質問をしたこ とがないなら、その人は壊れた録音機と同じだったと考えられます。壊れた録音機では、考え方を問う問題に対して、正しい答案を書くことがで きないのも当然です。
ここまで読んで、 もし思い当たる節があれば、自分の勉強の仕方を考えてみて下さい。
これは、頭が良い・悪いとか、勉強時間が少ない・多いとかの問題ではありません。
自分自身の勉強に対する姿勢の問題です。
残念ながら、高校までは単純なコピーで点がもらえてしまいます。
しかし、社会に出てもコピーしかできないと、実際の仕事は進みません。
どんな勉強をすべきか、考えてみて下さい。


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